この世界は その3
こんばんは。前回の続きです。
屈折した心理はおそらく記者に特有のものであろうし、記者のすべてがこの心理を持つということでもないだろうが、記者が記者である限り決してすぐれた読み手になることができないというのが得た結論です。
ただし、その記者が自分が書いた原稿の読み手になるときだけは別です。
記者が自分の書いた原稿を読むとき、いかに技術的には読みがへたな記者であってもその読みの内容は強い説得力を持つ。
なぜなら、その記者は一つあって、二つとない情報を伝えているからです。
新聞記者が代筆してもらうことなど考えないように、放送記者は代読してもらうことなど考えてはいけないという私の主張を繰り返す理由はここにあります。